益次郎の考察部屋

気になったアニメの妄想考察と思いのままに気のままに

アニメじゃないけど2

維持できる社会の限界への挑戦

 

この問題では、決して国内だけを見てはいけないと思う。

 

最近、経済と命の話がちらほら出てきた。重症化リスクが高い人達を切り捨てる選択への問い、禁忌の問いだ。この扉を開けた時の恐ろしさは歴史が証明している。日本ではつい最近、人を選別しようとしたものが現れた。

 

生きるために必要なことと、欲の区別を忘れてはならないと思う。私の勝手な経済への問いかけでは、貨幣とは「信用価値」であると思うようになった。信用とは社会が個人へ与えるつながりの評価。信じるとは個人がその他のものを認知し、つながる度合い。価値とは、欲と時間。今の状況は価値の部分が止まっている状況だと思う。そして経済活動は価値を創造することで回る。今必要なのは信用をつなぎ止めることだ。

 

価値の活動を再開するためには、脅威を正しく認識しなければならない。

 

中国、日本、イタリア、イスラエルカルフォルニア、ニューヨークで起こっていることは同じなのか?

日本では春節の時なぜ感染が広がらなかったのか?

日本で今起こっている感染症はなんなのか?

日本のこの感染症にかかった人はどの位いるのか?

重症化リスク要因の判定は可能なのか?

重症化傾向のある人たちを守るにはどのようにしたらいいのか?

この感染症によって圧力がかかる構造はどこなのか?

なぜ日本は亡くなる人が少ないのか?

医師や看護師のおかげなのか、その他の要因があるのか。

世界中で起こっている事象から得られることに集中し分析する。

 注:私の上げたこれらは素人の妄想で、必ずプロが行うべきことです。

 

このような様々なことを並列で調査し、観測し外堀を埋めていけば脅威判定をある程度行える。しかし、ウイルスは不安定で変異を起こす。油断してはならないが、恐れすぎれば社会が崩壊する。一番注意が必要なのは差別だ。差別は崩壊とほぼ同義だと思う。支えあう機能を断絶させるからだ。これらの為に、学術研究への予算が必要になる。

 

そして、脅威をいち早く認定するには、感染症は人類の脅威であって、国家の脅威ではない。なぜなら相手は人間ではない。国家の面子もエゴも吹き飛ばす。そういう前提の感染症に関する条約を国際社会で締結しなければならない。当然こんなものは理想だと笑い飛ばすこともできるが、人間が人間として生きていきたいならば、必要なことのはずだ。兵器については考えていない。恐らくどうにもならない。

 

言うは易く行うは難し。

奮闘されている方々に感謝を。