益次郎の考察部屋

気になったアニメの妄想考察

「君の名は。」考察13

 君の名は。」のネタバレを含む、感想、妄想考察です。他人の意見に左右されたくない人は御注意下さい。

 

 

 

 

 

 

「夢を見とる」(夢と現実の境界)

一葉が三葉(瀧)に声をかけ、瀧が涙を流して目覚める。瀧は夢の中で記憶の断片が結ばれ、何が起こるのか気が付いた刹那、目が覚め、忘れてしまう。瀧は夢の中で「現実に」入れ替わっていると思っている。夢であるが現実でもある三葉の空間。その世界を経験していく。しかし、その現実であった空間が夢だったとする。すると四葉の言った言葉は妄言ではなく、全く違った意味を持ってくる。現実を知っている瀧は夢の中の四葉の言葉に意味を求める。

この「夢と現実の境界」には、瀧(瀧)、瀧(三葉)、三葉(三葉)三葉(瀧)の四つの空間が存在し、さらに、客観的時間軸がある。それぞれが「夢と現実の境界」に触れないようにふるまって行かねばならない。瀧(瀧)の夢と現実が入れ替わるのは客観的時間軸の事実を指摘されるラーメン屋、三葉(三葉)は客観的時間軸の瀧との出会い。三葉(瀧)は一葉に夢だと指摘されたとき。瀧(三葉)は起床後、組紐をつけ、涙を流すとき。三葉は現実と夢が入れ替わるというより、一体になった状態で瀧(三葉)としての体験をしていると思われる。それぞれが「夢と現実」を認めた(認めさせられた)時、客観的時間がそれぞれの現実を支配する。

これにさらに、体の入れ替わりから来る、アイデンティティの問題、さらに、ファンタジーの天敵、スマホが立ち塞がる。もはや逃げの一手しかない。こんな構成にチャレンジするとは・・・。3年周りは恐ろしい。屁理屈すら難しい。

 

 

町長の決断

ここの場面がずっと引っかかっている。私自身は、落ちてくる星に押しつぶされそうな気持でこの場面を見ていた。

もしここで町長が避難指示を出した描写を入れたとする。すると人は「命が助かったと」安心してしまう。しかし、あの星の下で「そこで生きていた人々」は世界を奪われていくのである。ここで重要なのは、避難訓練をすることでは無い。奪われていく世界が確かに有るのだと知ることである。新海監督は明確な哲学の下に、この決断をカットしたと思う。(この映画は言葉に起こしていく作業をしていると、苦しくなる)