益次郎の考察部屋

気になったアニメの妄想考察

「君の名は。」考察7

 君の名は。」のネタバレを含む、感想、妄想考察です。他人の意見に左右されたくない人は御注意下さい。

 

 

 

 

 

 

「現」と「君の名は。

瀧は命が失われ、破壊された町を見つめ、この災害が現実なのかと疑う。その時、組紐が語り掛けてくる。瀧は三葉に会いたいという、きわめて個人的な理由に基づいて必死に行動する。そして遥か昔、「人」が残した伝承(壁画)にたどり着く。入れ替わりで、三葉になった時、神社が受け継いできたものの意味に気が付く。しかし、町長にそのことを知らせても、気が狂っただけだと見なされてしまう。激情だけの感情論は受け入れてもらえない。

一番大切な者をかけた瀧、必死の行動により時を超えた空間で2人は再開する。一番大切な物をかけた三葉も必死に動き出す。巫女の舞、口伝、母(巫女)と共に結ばれていた時、神社にはヒントが残されている。空には割れた彗星。あとは受け継いできたものに魂を宿し説得するだけ。

町の伝承を信じてもらえるか。町長には政治的打算という逃げ道もある。

 

 この場合は町長である父。「仕方がない事なの」二葉はいう。神社に残るということは、二葉の死を受け入れるということ。神社を憎み呪うということは、死を拒否するということ。「救えなかった」ということは、救う機会があったのに出来なかったということ。父は三葉に「妄言は家系か」という。そして、「病院で診てもらえ」と。この辺に二葉を救えなかった理由があるのかもしれない。

また妄言とみなして、失敗を繰り返すのか?

父は決断する。

 

 このシーンを説明しなかったのは意図的かもしれない。ここの行間に詰まっているものは、かなり重いと思う。映画を一つの方向へ決定づけてしまう。それを望んでいなかったのかも知れない。

ここで住民が助かったかどうかで、緊張感を与える演出をしていたのだとしたら、すべてうっちゃって0点評価にするかも。(それもまた現)或いは心配する気持ちを引きずらせて、8年後に飛んだ時、安心感で連続性を維持したかったのか。(個人的には手管ではなく哲学であってほしいが。)しかし、ここであの綺麗な隕石を見せて、緊張する人はあまりいないと思う。あの描写はいったんすべてが切れて、ただ見る場面だと。とすると、やはり哲学か。(自分の好みの方に解釈してるかも)