益次郎の考察部屋

気になったアニメの妄想考察

「君の名は。」考察3

君の名は。」のネタバレを含む、感想、妄想考察です。他人の意見に左右されたくない人は御注意下さい。

 

 

 

 

 

この作品は複数の物語の糸が組み合わされた組紐として創られている。

  • 三葉。伝統、歴史息づく街、その場所は維持する努力を怠れば、今すぐにでも消えてしまいそうな場所。
  • 瀧。現、未来のある街、しかしそこで生きる人々は、気を抜くと自分が何者なのか見失ってしまう場所。
  • 親友。一番近い社会でありながら、お互い*1の主観を共有し戦わせることの出来る存在。
  • 音楽。スピード感と情緒で物語をけん引していく。そして、映画が終わった時、思い出と共にあるもの。下の曲を聞いて何か感じられれば映画音楽として成功だと思う。(下の動画はカバー版です。RADWIMPSファンの方は注意)


【フル】RADWIMPS/スパークル(映画『君の名は。』主題歌)cover by 宇野悠人


RADWIMPS/なんでもないや(映画『君の名は。』主題歌)cover by 宇野悠人

  • 景色。普段なんとなく見ているそれは、実はその人の生きている空間そのもの。移り行く時間の変化と共に、美しく丁寧に描かれる。
  • 人。入れ替わりというありえない世界が、他人の世界、自分以外の世界がこの世にあることを感じさせてくれる。そして、自分が何者なのか信じさせてくれる。
  • 出会い。運命なのか偶然なのか、人が求め、求められ、愛と別れ、喜怒哀楽の根源的なものになる。*2
  • 物語、神話、伝統、歴史。長い時間の流れが紡がれているもの。時間を超えて、人の思いに触れられるもの。

これらの要素が寄り合され、重層的な物語を構築*3している。その象徴として三葉と瀧を結ぶ組紐の動き、作用で物語を進行させていく。

この作品の中で、家族の描かれかたはいささか変わっている。瀧の家族は希薄なもの、ひとり立ちした後のような、何とも言えない描かれ方をしている。父は息子を気遣っているし、変な拘束もしていない。これから自分の空間を作るための助走なのかもしれない。(あるいは、失われたものの影が残っているせいか?)

三葉はきつい。父は家族が欲しくて家を出た(町が彼の家族?)。本当の家族を拘束し続ける血筋を呪わざるおえなかったのだろう。三葉が父について行かなかったのは、母と生きた場所を否定したくなかったからか?俯いて歩く三葉に、胸を張れという父。自分の選んだ道を本当の家族に認めてほしいのか?ここを考え出すと映画では情報が少なすぎる。三葉も彼女からしたら呪いとしか思えない立場にある。(三葉の友人が「主人公は大変だ」的な事を言っていたのが印象に残る。)なんとも表現しにくいが、伝統を受け継ぐのは容易いことでは無い。その業も背負わされている。そして、彼女は神社と町、どちらからも押しつぶされそうに見える。

 

これだけ複雑な作りが良いか悪いかは分からない。しかし、観れば何かが残る作りになっていると思う。何かが残ればいい作品というわけではないが、音楽も映画も小説も、その人のその時の状態で伝わる何かが変わるものであるなら、この作品もまた、そういったものだと思う。

だが、鋭角に際立っているものがある。オープニング(音楽)これは今この時を表す記号になるかもしれない。 

とんでもない勘違いをしてました。opは夢灯篭でしたすみません。ロック調音楽がなかったので勘違いしてました。サントラ聞いてハッとしてしまった。知識と記憶力のなさがばれますね^^;言いたいことはこちらの曲調の方が伝わると思うので、このままにしておきます。(サントラ盤の夢灯篭の方が尖ってていいですがそれは買って聞いて下さい)(9月9日)

 

RADWIMPS 前前前世 (movie ver.) MV

 

なお、この考察は映画のみから行ったものである。

 

 

 

*1:自分の から変更

*2:人が求め、あがき苦しむ、喜怒哀楽の根源的なもの。 から加筆

*3:形成 から変更